名古屋BEGビジネス英会話ジム
パーソナルトレーナー兼代表のNorikoです。

アメリカで働き始めて3か月くらい経ったころにホームシックになりました。

 

I miss my Mom…お母さんに会いたい
アメリカ体験記:I miss my Mom… お母さんに会いたい名古屋BEGビジネス英会話ジム パーソナルトレーナー兼代表のNorikoです。 私は20代のころ、アメリカのアリゾナ州で働いてい...

でもそれからしばらくたって、1人の女性と友達になってから、私はとても恵まれているんだと気づかされました。

旧ユーゴスラビア連邦のコソボ紛争

私は昼間は働きながら、夜間は地元コミュニティカレッジの英語クラスに通っていました。私のような昼間は働いている外国人のためのESL(English of Second Language)のクラスがあります。クラスメイトは全員外国人(アメリカ人以外)。住んでいたのはアリゾナ州のフェニックスという町でした。都会ではありませんでしたが、さすがはアメリカ。いろんな国の人がいました。

クラスで仲良くなった友人はたくさんいました。その中の一人が、当時のユーゴスラビアから来た女性でした。白人の金髪で背が高く、見かけは日本人の想像する「外国人」そのもの。いわゆる東欧人です。そのころの私は良く知らなかったのですが、旧ユーゴスラビアは1991年~2001年ごろまで内戦状態にありました。

彼女は旦那様と子供と一緒にアメリカに難民として逃れてきて暮らしていました。英語を話すのはそんなに得意ではないのか、ゆっくり丁寧に話す英語が印象的で今でも覚えています。なぜ彼女と仲良くなったのかは覚えていないのですが、私は休みの日によく彼女の家に遊びに行っていました。リビングよりもキッチンが好きなの、と言う彼女の家のキッチンはとてもかわいくて居心地が良くて。一緒にコーヒーを飲みながらお互いにのんびりいろんな話をしました。

本当にいろんな話をしたのに、彼女のことで覚えているのは一つだけ。

「お母さんに会いたい。でももう二度と会えない」

二度と国には帰れない

内戦中の彼女の町は、毎日爆弾が降り注ぐ状態だったそうです。すぐ近所の家が爆弾で破壊されたこともあったとか。そんな中で戦々恐々と生きてきた、毎日が恐怖だった、と言っていました。

そこで彼女の家族はアメリカに逃れることを決めました。彼女と旦那様と子供と3人で、です。彼女のお父さん、お母さんはそのまま旧ユーゴスラビアに残りました。

彼女の家族はアメリカで爆弾に脅かされない平穏な暮らしを手に入れました。豊かではなかったかもしれませんが、旦那様はお仕事をされていたし、彼女も働いていました。子どもは学校に通っていました。しかし、

「国に残ったお母さんとは二度と会えない。私は二度と国には帰れないの」

同じく母が恋しかった私は胸が締め付けられる思いでした。

私の祖国は平和で恵まれた国、日本です。日本に帰りたい、お母さんに会いたい、と思ってはいましたが、それでもアメリカに住んで働き続けているのは私の意志です。帰ろうと思えばいつもで帰れたのですから。

でも彼女は違った。

祖国に帰れなくても帰れない。お母さんに会いたくても二度と会えない。

私とは全く違う。私は自分がどんなに恵まれているかを知り、そして彼女の心境を思って胸が苦しかった。

私は難民、という仕組みをよく知りません。なので、どうして二度と帰れないのかが分かりませんでした。今でも分かりませんが…。内戦が続いているから帰れないのか、ひょっとして、何か入国が許されないことをしてきてしまったのか。なにか事情があったのでしょう。そこまでは話しませんでしたが。

私のホームシックは、「帰ろうと思えばいつでも帰れる。お母さんにもいつかは会える。でも今は我慢する」そんなホームシック。

彼女のホームシックは、「二度と国には帰れない。お母さんには二度と会えない」

I miss my Mom…お母さんに会いたい

こんなに辛いことってありますか?!

自分の生まれ育った国に帰れないなんて。両親に二度と会えないなんて。

日本にずっと住んでいると分からない。自分がどれだけ幸せで恵まれているかなんて。(みなさん、もっと日本人であることの幸せを感じましょう!)

自分は幸せにアメリカで暮らしているのに、内戦中の祖国に両親を残してくることはどんなに辛かったでしょう。苦しかったでしょう。でもそうでもしないと自分の子どもを守ることができない。命を懸けた苦肉の策…。

あれから旧ユーゴスラビアの内戦も収まりました。今は平和なのでしょう。彼女は国に帰れたのか?お母さんと再会できたのか?そうであってほしい、彼女のためにも、彼女のお母さんのためにも。と祈るような気持ちで今でも考えてしまうのです。

I miss my Mom…お母さんに会いたい
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ABOUT ME
Noriko
高校時代は英語につまずいたものの、社会人になってから一念発起。アメリカ旅行をきっかけに独学で学び直し、アリゾナ州フェニックスの企業へ転職しました。ホームシックと格闘しながらも、アメリカでの勤務経験は約5年に及びました。 📚 帰国後は名古屋にて、海外営業・輸出入業務・海外人材教育に従事。海外営業時代は、世界各国の顧客との交渉・折衝を通じて実務で使える英語力を磨き、「Norikoがそう言うなら信じるよ」と言っていただけるほどの信頼関係を築いてまいりました。この経験から、「熱意や人間性は、言語を問わず相手に伝わる」ということを実感しています。 📚 現在運営している英会話ジムは、アメリカで英語が思うように通じず苦労した自身の経験がきっかけです。「これから海外に挑戦する日本人に、同じ思いをしてほしくない」——そんな思いで指導にあたっています。目指すのは、生徒様お一人おひとりの海外での成功、そしてその先にある日本の明るい未来です。 📚 なお、若い頃にはアメリカ大陸を3ヶ月かけて往復横断した経験もあります。 📚 TOEIC 925点/IELTS 7.0(Overall)