名古屋BEGビジネス英会話ジム
パーソナルトレーナー兼代表のNorikoです。

私は20代のころ、アメリカのアリゾナ州で働いていました。
アラフォーになった今思い出すと、全てが楽しく刺激的な毎日だったように感じます。

でもよくよく考えれば、つらいこともたくさんありました。

アジア人と言うことで差別的な態度を取られたこともあったし、英語ができずに苦労したことも多々ありました。

でも一番つらかったのは、ホームシックでした。

突然のホームシック

アメリカで働き始めて3か月くらい経ったころ。

言葉が思うように通じないストレス、慣れない仕事のストレス、全てにおいて勝手の違う外国暮らしや食べ物に関するストレスなどが重なり、精神的に参ってしまったんです。

自分ではそのような膨大なストレスは意識してませんでしたが、身体と心が悲鳴を上げてました。

とある日、職場でのことです。

ボス(上司)と顔を合わせた瞬間、涙があふれてきました。

私のボスはヒスパニック系(南米からの移民系)の女性。その当時の私の3倍はあるかという頼もしい体格と、それに負けないくらい心の広い人でした。

右も左も言葉も分からない私の面倒を、本当に良くみてくれました。

私は彼女にとても懐き、彼女も私を気にかけてくれ、そしてとてもかわいがってもらいました。

だからなんですが…

悲鳴を上げていた身体と心が、ボスを見た瞬間決壊しました。

もちろんボスはそんなこと分からず、ビックリ。どうしたの?なにかあったの?と心配して話しかけてくれるボスに私が言った一言。

I miss my Mom.
お母さんに会いたい。

ボスの部屋でワンワン泣きました。いい歳した大人が。

ボスは、

「私は国を離れたことも、家族と離れたこともないから、あなたの気持ちが分からないの。でも、あなたがどんなに悲しんでいるかは分かるわ」

と、一緒に泣いてくれました。そして慰めてくれました。
ホームシックなのね、かわいそうに、と。

後日談ですが、このときのことが笑い話になった頃に、よくからかわれました(笑)

「この子は I miss Mom と私の部屋で泣いたのよ」と。

過ぎてしまえば笑い話、いい思い出です。

 

私が里帰りできたのは、アメリカに住んで1年後のことでした。

アリゾナから日本への直行便はなく、ロスアンゼルス→関西国際空港まで飛びました。

自分でも驚いたこと。

それは、ロサンゼルスの空港でJALの機体を見たとき感動で胸が震えたこと。

JapanAirlines_B767-200当時のJALの機体はこんなのだったと記憶しています。

白地に丸い赤。日の丸と同じ構図です。

久しぶりに日本の国旗(のようなモノ)を目にした瞬間、「私は日本人だ」ということを強く意識しました。

私は日本が好きだ、そして日本を誇りに思う、と。

こんなに「日本」を意識することなど、日本に住んでいた頃はありませんでした。

日本という国で生まれ、当然のように何不自由なく暮らしていた頃は、日本の素晴らしさにも、自分がどれだけ恵まれているかにも気が付くことはありませんでした。

アメリカ暮らしをしなかったら、ずっと気が付かないままだったはず。まさか、JALの機体に気付かされるとは!

それ以来「私は日本人だ」ということを常に意識するようになりました。日本に帰国してからも、です。余談でした。

空港には、母が迎えに来てくれました。

母に会えた瞬間、嬉しくて嬉しくて。

泣きそうになりましたが、グッとこらえました。さすがに母の前で泣くのは恥ずかしかった(笑)

母にアメリカの話はたくさんしました。数年後はアリゾナに遊びに来てくれました。

が、I miss my Mom. と泣いたことだけは、ついに話すことはできませんでした。

そんな母ももう亡くなりました。

今となっては、アメリカで泣いたこと、話しておけばよかったのかなあ、とも思うのです。

 

NY 911
アメリカ体験記:アフガニスタン人の友達と抱き合って泣いたこと名古屋BEGビジネス英会話ジム パーソナルトレーナーのNorikoです。 今から約20年前、正確に言うと2001年になったばかり...

 

ABOUT ME
Noriko
高校時代は英語につまずいたものの、社会人になってから一念発起。アメリカ旅行をきっかけに独学で学び直し、アリゾナ州フェニックスの企業へ転職しました。ホームシックと格闘しながらも、アメリカでの勤務経験は約5年に及びました。 📚 帰国後は名古屋にて、海外営業・輸出入業務・海外人材教育に従事。海外営業時代は、世界各国の顧客との交渉・折衝を通じて実務で使える英語力を磨き、「Norikoがそう言うなら信じるよ」と言っていただけるほどの信頼関係を築いてまいりました。この経験から、「熱意や人間性は、言語を問わず相手に伝わる」ということを実感しています。 📚 現在運営している英会話ジムは、アメリカで英語が思うように通じず苦労した自身の経験がきっかけです。「これから海外に挑戦する日本人に、同じ思いをしてほしくない」——そんな思いで指導にあたっています。目指すのは、生徒様お一人おひとりの海外での成功、そしてその先にある日本の明るい未来です。 📚 なお、若い頃にはアメリカ大陸を3ヶ月かけて往復横断した経験もあります。 📚 TOEIC 925点/IELTS 7.0(Overall)